NEGLIA in Tokyo

やまたつくんのトラブルカルテ

経営、ヘルスケアを中心に人生100年時代の生き方に関する情報を発信&子育てネタも少々。

勝ちパターンを作り上げるには時間がかかるんです

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こんにちは、小宮山です。

会社なり偉い人が落ち目になってくると、うまくいっているときには隠されていた欠陥が、ぞろぞろと表に出てきます。

筆者が一番嫌なのは、売り上げが落ち込んだり事業に負け始めたりすると、その失敗を下の人たちへの暴言や暴力で解決しようとする点です。

痛いところを突くと、たとえそれが正しいことであっても、殴って従わせようとするのは、中学校から続いてるんで、慣れてはいますけども。

そういう時に限って、コツコツやっていきましょう系の意見は否定されて、一発逆転の夢物語ばかり追うようになって、最後はドカ貧に至る。

さて本日のエントリでは、勝ちパターンを作り上げるには時間がかかることを、日本の歴史を踏まえて改めて解説しようと思います。

昨年の育休から、株を本格的にやり始めたんですが、やっぱり何事も時間が必要です。

時間短縮できるのは、タイミングが合った時・・・つまり、運です。

寿命も伸びているし、年金も75才になるまでもらえなそうだし、7~10年スパンでコツコツやってくことをおススメします。

現在の日本の経済体制の源流は第一次世界大戦直後にあり

日本のシステムは、最近はいろいろと批判されてますが、1990年ぐらいに一度、世界の頂点に立っています。

1960年代の池田勇人から始まったとの意見がもっぱらですが、よくよく調べていくと、もっと前から準備が進められていたんですね。

重光葵や吉田茂の本を見ていると、日露戦争後の政治家が悩みに悩んで先送りにしてきた問題があります。

それは

  • 希少資源
  • 過剰人口

のバランスです。

日本の人口は江戸時代末期の1872年には3500万人でしたが、第二次世界大戦開戦時の1941年には7200万人と2倍に増えていました。

ところが日本国内には資源がないので、全員を食わせていくのは難しい。

海外移住を進めるキャンペーンをしたり、あれこれ手を打つものの、やっぱりみんな国内に住みたい。

ということで、日露戦争直後から日本は原料を海外から仕入れて加工して、モノ・サービスを売って稼ぐという、今日に至る勝ちパターンの構築に腰をすえて取り組んでいきます。

当時参考にしていたのは、ドイツです。

第一次世界大戦で負けて、多額の賠償金を課されていたドイツもまた、資源がないので加工貿易モデルの開発に勤しんでいました。

岸信介首相を含めた革新官僚と呼ばれる人たちは、次のように述べています。

ドイツでは日本と同じように資源がないのに、発達した技術と経営の科学的管理によって経済の発展を図ろうとしていた。

私は日本のゆく道はこれだと確信した。

アメリカにはとても歯がたたないが、ドイツがやれるのなら日本もできるはず

とはいえ、このモデルは関税障壁を張り巡らせたり、通商条約の破棄が行われない、自由貿易が前提になっていました。

なのでブロック経済で経済的鎖国が行われて、機能しなくなってしまいました。

そこを打開するに、第二次世界大戦に突入していきました。

そして戦後、アメリカが自由貿易体制を保障したことで、ようやく機能することになりました。

それまでの準備期間は、およそ30年。

勝ちパターンの構築には、時間がかかるのがよく分かりますよね。

経済発展は安全保障の確立が前提である

経済発展は、子育てに似ています。

どんなにインプットを用意したところで、子どもは安全を感じていなければ成長しないことが科学的に明らかになっています。

アフリカも良い例でしょう。

どんなに先進国やお金持ちがODAを与えても、ムダになっています。

ペイパル創業者の一人であり、イーロン・マスクの盟友であるピーター・ティールは

ビジネスの発展には、独占が必要だ

と著書で述べています。

パイが小さい段階で無秩序な競争をしても、共倒れになるだけ。

なのでまずは独占でも寡占でもいいから、プレーヤーを少数に絞って安全を保障させる。

するとじっくりと腰をすえて、コストカットや効率を上げる検討に注力できて、独り立ちできる・・・と。

マイクロソフト、グーグル、アップル・・・いずれも副業からスタートしていることは知られていません。

本業で収入が保証されているからこそ、独り立ちできたとペンシルバニア大学ウォートン校の教授に最年少で就任したアダム・グラントは述べています。

退路を断ってフルコミットして臨むことが賞賛されていますが、あれは心を打つ物語になるからってだけです。

副業でコツコツやって、花開きましたというストーリーだと感動しないでしょ。

30代以降はポートフォリオワーカーをおススメします

みなさん、うすうすと感じていると思いますが、おそらく5年以内に年金をもらえる年齢が70才になると思います。

どんどん繰り上がっていく一方ですが、会社はどんなに長くても55~60才までしか雇ってはくれません。

筆者の義理の父は、某企業で社長をしてましたが、定年後はパートタイムワーカーになっています。

パートナーとかいう立派な肩書はありますけれどね。

つまり、サラリーマンでどんなに偉くなっても、10年はただの人になってしまうわけです。

かといって、仕事でストレスが貯まるのに、老後のためにたくさん貯金するというのは不可能ですよね。

なので副業を始めておくことをおススメします。

特に30代から。

20代をおススメしないのは、臨床心理学者メグ・ジェイ氏が明らかしているように、20代の生き方が、あなたの人生を決めるからです。

www.ted.com

下手に副業するよりは、あれこれ試したうえでコレだと思うものにフルコミットするのがベストだと思います。

そうすると

  • 業界を渡っていけるスキルが身につく
  • 32才以降に出くわすことって、いつかどこかで見た風景ばっかりになる

ことになります。

そうなったら、自分の労働力やお金といったリソースを一つのモノに注ぐのはコスパが悪いので、分散するほうが効率が良いです。

仕事+副業・・・いわゆるポートフォリオ・ワーカーです。

副業は儲けるよりも、ネットワークを広げることを目的にしたほうが良いです。

勝ちパターンを作るのには時間がかかりますから。

そこで何かの拍子にサラリーマンを副業にして、副業を本業とした個人事業主になっていくのが、王道のキャリアプランになっていくと思います。

会社はねずみ講のごとく、人生を会社に捧げれば報われるかのように圧力をかけてきます。

けれどその人たちがどうなっているかは、上司を見ればわかりますよね?

給料は多いかもしれませんが

  • 転勤ばっかり
  • 部下のしりぬぐいばっかり
  • 休日も労働
  • 妻は専業主婦にならないと、回らない

といった生活になるわけです。

そのうえで定年後はただの人になるっていうモデルは、どう考えても不幸です。

30代以降はポートフォリオワーカーになることをおススメします。

それでは本日のまとめです。

  • 勝ちパターンを作り上げるには時間がかかる。たとえば、1990年に世界一となった日本のシステムは、準備期間に30年を費やしている
  • 経済発展は安全保障の確立が前提である。パイが小さい段階で無秩序な競争をしても、共倒れになるだけ
  • サラリーマンでどんなに偉くなっても、定年から年金をもらうまでの10年はただの人、プーになってしまう。会社で出世を目指すよりも、30代以降は仕事+副業のポートフォリオワーカーになるのがおススメのキャリア。

日本の組織では、出世しても勝ち過ぎるのはよくないです。

金銭的に報われないから。

なんだかんだでやっぱり、お金は大事です。

ギリギリのところで負けたり、嫌な経験をして、若いうちに他の道に進むのが筆者の経験上、成功の秘訣です。

局地戦では、負けるが勝ち。

筆者は全力で出世を目指した上でいい線行ってから、キャリア・チャンジしてきました。

いつも誰かから刺されてキャリアが終わって、そのたびにポートフォリオワーカーになるんですが、結果として今は幸せです。

では、また明日。

Ciao~。

逃げられない世代―日本型「先送り」システムの限界―(新潮新書)

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