NEGLIA in Tokyo

やまたつくんのトラブルカルテ

アラサー男子がトラブル解決策についてまとめるブログ

これからの学生と社会人はアートを学ぶべし!

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こんにちは、小宮山です。

我が家では 「息子にどんな習い事をさせようか?」って言う話をたまにしますが

  • 筆者はピアノ
  • 妻はビオラ

で意見が対立しています。

まぁお互い芸術の趣味があるからなんですけど、息子にはなにかしらアート系の趣味を持ってほしいなと思っているんですね。

もちろん本人の希望によっては、スポーツをバリバリやってもいいと思っています。

本日のエントリでは、アートとサイエンスの関係について解説します。

皆さん、アートなんて単なる道楽にすぎず、役に立たないものだと思ってるのではないでしょうか?

筆者も少し前までは、気晴らしもしくは心のリラックスにだけ効果的なんだろうと思っていました。

ですが最新の研究の成果から、アートはサイエンスに関するスキルを育む、要するに、個人の知的パフォーマンスを向上させることが明らかになったんですね。

アートとサイエンスは互いに影響しあっている

ミシガン州立大学の研究チームは

  1. ノーベル賞受賞者
  2. ロイヤルアカデミーの科学者
  3. ナショナルソサエティーの科学者
  4. 一般の科学者
  5. 一般人

の合計5つのグループに対して、「海外や楽器演奏等の芸術的趣味の有無」を調べました。

するとノーベル賞受賞者のグループには、他のグループよりも際立って芸術的趣味を持っていることが明らかになりました。

具体的にいうと、ノーベル賞受賞者は、一般人の2.8倍も芸術的趣味を持っている人がいたんです。

この調査結果は非常にリーズナブルでして

  • 相対性理論で有名なアインシュタインは、モーツアルトが大好きでしたし、旅行にはいつもバイオリンを持っていっていた
  • ご冗談でしょう、ファインマンさんで有名な天才物理学者リチャードファインマンは、ユーモアあふれるエッセイを多数生み出しており、枯れには高い文学的才能があった
  • ペニシリンを発見したアレクサンダーフレミングは、水彩画が趣味だった

このようにサイエンスの業績と芸術的な趣味には、何らかの正の関係がありそうだということがわかっています。

じゃあ、その具体的なメカニズムはといいますと、全く分かっていません。

少なくともアートを見る・嗜むことによって、観察眼が養われると言うことは明確になっています。

ここで言う観察眼ってのは、言葉にならない行間を読む力です。

サイエンスに限らず政治の世界でもアートを嗜んでいる人は、卓越した業績を上げています。

ヒトラーそしてチャーチルの趣味は、絵画でした。

ロジックだけでは解決できないことがある

ここ10年、ロジカルシンキングなる

「徹底して事実に基づき、厳密に論理的に推論する」

という問題解決アプローチが賞賛されてきました。

ところが最近ではこの手法の限界が、様々なところで指摘されてきました。

とにかく時間がかかりすぎる。

筆者も稟議や提案に対して、会社の経営陣から

  • 情報が足りないだの
  • これだけでは決められないだの

と行った反論を、耳にタコができるほど聞いてきました。

そこでむかついて

「じゃあ情報が増えたら、あなたたちは決められるんでしょうか?」

と聞いてみたことがあるのですが、言葉を濁して逃げ出すのがいつものパターンでした。

趣味でやっているクロスワードパズルであれば、論理だけで全て決められるでしょう。

いくらでも時間をかけても良いでしょう。

ところがビジネスでは時間と言うのは競争資源ですから、情報が揃わないと決められないと言うのは、いたずらに資源を浪費していることに他なりません。

そもそも絨毯爆撃しないと、全部揃うわけないですしね。

おまけにこれだけの力シンキングなる方法が流行ってしまうと、正解を出す技術ってのはコモディティーになってしまってます。

正解を出せる人が少なかった30~10年前まで、正解を出せるロジカルシンキングのスキルを持った人には、高い値札がつけられていました。

けれど論理的かつ理性的にロジカルシンキングをみんなが持つようになった結果、このスキルは量販店で特売される安物になっちゃいました。

そして田中角栄が次のように述べています。

世の中は、白と黒ばかりではない。敵と味方ばかりでもない。

その真ん中にグレンゾーンいわゆる中間体があり、これが1番広い。

天下と言うものは、このグレーゾーンを味方につけなければ、決して取れない。

真理は常に中間にありだ。

私たちが取り扱っている問題って、白黒がつかないものが多いです。

けれど論理的・理性的なアプローチでは白と黒しかつけられないんです。

グレーは、扱えないんですよ。

グレーって、うまく数値化できないから。

この問題に対して、哲学の巨人中の巨人であるエマニュエル・カントは

「美」は必ずしも目的がはっきりしていない場合であっても、「美しい」と感じられる。
人が「美しい」と感じるとき、それはなにがしかの合理的な目的に適っている。

と述べています。

つまりアートってのは、白黒つかない・うまく言葉で説明できないものを

「こんなもんじゃないの?」

的な直感でジャッジする技術なんです。

アートを学ばない人は犯罪に巻き込まれてしまう

そしてアートを学ぶと、大きなメリットがもう1つあります。

それは自分なりの美学もしくは矜持という判断基準ができあがるんです。

倫理の基準ともいいますね。

ネットを見てわかると思うんですけれども、法律っていうルールは、社会の変化に対応できるスピードで成立できなくなってます。

法律という自分が所属する組織のルールで正しいとされてるんだから、自分は間違ったことはしていない・間違っていないという理屈は、そもそも根本的に間違ってます。

ナチスにおけるアドルフ・アイヒマンという人のエピソードが、分かりやすいでしょう。

アイヒマンは、ドイツにおけるユダヤ人虐殺において、数百万人と言われるユダヤ人を逮捕・拘束し、殺すための効率的なシステムを作るにあたっての指導者だったんです。

戦後に裁判にかけられますが、彼の言い分は

「自分は命令に従っただけだ」

「組織の命令に従っただけだ」

と言うものでした。

この言い分って、日本のサラリーマンだったらよくわかりますよね?

古くは三菱自動車のリコール隠しに始まり

  • 東芝の粉飾決算
  • 神戸製鋼の事件
  • 森友学園に関する財務省の公文書偽造問題

全て同じメカニズムで起こっています。

哲学者のアンナ・ハーレントはこの問題に対して

「悪とは、システムを無批判に受け入れることである」

と言って痛烈に批判しています。

エーリッヒ・フロムはその著書である「犯行と自由」の中で、次のように述べています。

アイヒマンは組織人間の象徴であり、男や女や子供を番号として見るシステムに組み込まれた歯車の象徴である。

彼は私たちすべての象徴である。

私たちは自分の中にアイヒマンを見ることができるはずである。

しかし彼の最も恐るべき点は、自白によって全てを語った後でも、心から無罪を信じて、それも主張し続けたことである。

再び同じ状況になると、彼がまた同じことをする事は、明らかである。

私たちもするだろう。

現にしている。

何も考えずにルールが正しいと信じきって行動するってのは、犯罪行為を駆動する力になりかねないと言う事です。

これも防ぐには、自分なりの美意識を持って自分が属しているシステムを相対的に見るしか手はありません。

アートはピカソの絵に代表されるように、パッと見ても訳がわかりません。

「なんでこんな子供が描いた絵みたいなちんけなモノが、高く評価されているのか?」

と思うはずです。

わけのわからないものに対し自分なりの解釈を立てていく。

それがアートです。

慣れてくると、ひと目見ただけで

  • 良いものは良い
  • 悪いものは悪い

ポイントがわかるようになってきます。

アートってのは、ロックンロールと同じです。

「今の世の中、おかしくないですか?」

って問いを

  • 音楽
  • 絵画
  • 彫刻

などの自分の得意な形で表現しているんです。

あえて難解にすることで、知的好奇心を満たすゲームを投げかけてる。

なのでパズルを解くような楽しさがあって、頭の良い人はアートの虜になってるんです。

筆者は展覧会や彫刻展などのイベントに、少なくとも月一回は参加しています。

サイエンススキルも向上するし、自分の仲での倫理も確立できるし、パズルを解くような面白さもある。

アートって、オススメですよ。

ちなみに映画批評もアートです。

それでは本日のまとめです。

  • サイエンスのスキルとアートな趣味には、正の関係がある
  • アートは、ロジックでは説明できない・白黒つかない・うまく言葉で説明できないものを直感でジャッジする技術である
  • アートを学ぶと、自分なりの美学もしくは矜持という判断基準ができあがる。自分が所属する組織のルールを盲目に信じて、ヤバいことをするのを避けることができる
  • アートは、知的好奇心を満たすゲームでもある

いいことだらけですよね、アートって。

そう思うと、息子にも小さいころから触れさせてあげたいし、そういう機会を幼稚園児のころから持たせてくれた親には感謝してます。

では、また明日。

Ciao~。